インドネシアで従業員に礼拝の機会を与えないと法律違反になる根拠

インドネシアで従業員を雇おうと思っている方。

既に従業員を雇っている方。

従業員といえるのかどうか分からないけれど、警備員さん、運転手さん、お手伝いさんなどがいる方。

インドネシアでは会社に礼拝所を作ったりしているけれど、法的にどうなっているか気になりますよね。

もしも、事業者が礼拝する人たちにその機会を与えなかったら、法律違反になる可能性もあるようです。

以下、インドネシアの労働法ではどうなっているか調べてみました。

1.インドネシアの労働基準法

礼拝所には通常、聖典クルアーンが置いてあり、休み時間に誦んでいる人もいます。

礼拝所には通常、聖典クルアーンが置いてあり、休み時間に誦んでいる人もいます。

インドネシアの労働基準法ともいえる「労働に関する法律2003年第13号(Undang-undang Nomor 13 Tahun 2003 Tentang Ketenagakerjaan)というものがあります。

同法第1条により、労働者と労働提供者は次のように定義づけられています。

  • 労働者(Pekerja/buruh)賃金、またはその他の形態による報酬を受け取り、労働をする各人
  • 労働提供者(Pemberi kerja)賃金、またはその他の形態による報酬を支払い、労働力を働かせる、個人、事業者、法人、その他の団体

更に、事業者(Pengusaha)については、次のように定義づけられています。

a. 自己所有の会社を運営する個人、パートナーシップ、または法人
b. 自己所有ではない会社を、自己運営する個人、パートナーシップ、または法人
c. インドネシア領域外に位置するaとbの会社を代表し、インドネシアに所在する個人、パートナーシップ、または法人

もちろん、原文はインドネシア語であり、訳しているのは私なので、日本語訳が100%正しいと言い切ることは難しいですが、大体、上記のような意味になっています。

こちらを見る限りでは、お手伝いさんや運転手さんを雇う個人は労働提供者には入りますが、事業者には入らないということになります。

以下、労働提供者事業者労働者の礼拝などに関して、気を付けなければいけない基本的なことを見ていきたいと思います。

2.宗教的な敬神行為をさせるのは事業者の義務

スカルノハッタ空港にある礼拝所のひとつの入り口。入るとかなり広く、空港で働いている人も礼拝しています。

スカルノハッタ空港にある礼拝所のひとつの入り口。入るとかなり広く、空港で働いている人も礼拝しています。

日本から来た私たちが忘れがちなことに、インドネシア国籍者は宗教を持つ義務(権利ではないです。念のため)があるということです。

パンチャシラという建国5原則の第1原則が「唯一神への信仰」となっているのが、その根拠と一般的には言われているようです。

前出の労働法第80条では、次のようになっています。

事業者は、労働者が、その宗教で義務となっている敬神行為を行うために、十分な機会を与える義務がある。

実質上、事業者が配慮しなくてはならない宗教はイスラームになってきます。というのは、他の宗教では労働時間に何かをしなければならないといった義務が(おそらく)存在しないからです。

そのため、私たちがよく見るように、会社などは事業所に礼拝所を設け、礼拝時間も配慮し、ラマダーン月には断食できるような環境を整えるといったことを行っているわけです。

3.労働法第80条違反に対する制裁

礼拝所などに見られる模様。企業内でムスリムの会を設け、企業が説教の会を設けることもあります。従業員にとっては格好のエンターテイメントになります。

礼拝所などに見られる模様。企業内でムスリムの会を設け、企業が説教の会を設けることもあります。従業員にとっては格好のエンターテイメントになります。

同労働法第185条(1)項では、同第80条事業者は、労働者が、その宗教で義務となっている敬神行為を行うために、十分な機会を与える義務がある。」に違反をした者は、 最短1年、最長4年の懲役刑、および/または最低1憶ルピア、最高4億ルピアの罰金が科せられることが書かれています。

従業員に礼拝の機会を与えないと憲法違反にもなりますし、制裁もあるということですね。

スカルノハッタ空港の礼拝所のひとつ。

スカルノハッタ空港の礼拝所のひとつ。

実際問題、法律沙汰になったケースがあるかどうかは調べてみないと、私もまだ分かりません。

ざっと検索した限りでは、労働法第80条単独の違反は稀で、別の労働法違反も同時に含まれているケースは少なからずもありそうだという印象でした。

労働法違反でよく耳にするのは給料未払い、最低基準給与額の違反などです。

そういったお金絡みのケースを訴える場合に、礼拝などの敬神行為の阻害も一緒に盛り込むことがあるのかもしれません。

まとめ

労働者の権利が踏みにじられ事件となるのは、多くの場合、労働組合が結束した力を持っている、ある程度の規模を持った企業のような気がします。

もしくは、傷害事件となって明るみになってしまうケースです。

そのため、お金や命の安全には関わって来ない礼拝の問題が単独で取り上げられることは多くないのかもしれません。

しかし、授業員との良好な関係を結ぶためには、避けて通れない問題だと思います。

あまり主張をしない、ニッコリタイプの授業員の方も多いと思いますが、実は心の中で思いをため込んでいることもあるかもしれません。

私たちが日々、彼らの礼拝を気にかけているかどうか、振り返ってみて下さいね。

 

 

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